あるガラス吹きの徒然日記。

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カテゴリ:ガラスのお話( 27 )


2006年 10月 26日

シリーズ連載

などと、タイトルを銘打ってみたが、三人展も近いのでそのお知らせをかねてちょっと思いつきを試そうと思う。

展覧会では、作品の説明をしようと思うのだが、それを考えてふと思った。
ブログにアップして、それをそのまま出力して、展覧会で使おう。そうすれば、作品説明とブログの更新、そして遠方の方にも作ったものを一部ではあるが、ご紹介させていただくこともできるなあ、と。

で、ちょっとこれからのシリーズ、作品紹介です。

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by glassroom | 2006-10-26 08:37 | ガラスのお話
2006年 10月 21日

描くのは大変

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最近、友人にきょうの猫村さんという本を借りた。
脱力系イラスト漫画、猫村さん。
鉛筆で描いただけの下書きみたいな、でも何となくハマる猫村さん。
ネコムライス食べたい・・・

まあそれはいいとして、ガラスに絵を描く作業はとても大変。
大体にして、僕の場合は元となるガラスを溶かす作業から入る。
それを吹いて形を作り、冷えてかた〜いガラスにでっかい設備のサンドブラスト、もしくは上の写真みたいな絵にする場合ダイヤモンドの先端工具で絵を描く。
考えてみりゃ面倒ったらありゃしない。
がりがり、びしびし、鉛筆みたいにすらすらとはいかない。

猫村さんの本みたいに鉛筆で描けるといいなあ。

(もちろん、この本を描くのも大変だろう、ということは理解はしていますが。)

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by glassroom | 2006-10-21 22:39 | ガラスのお話
2006年 07月 24日

溶ける

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たまにはガラスの事を書こうかな。

ガラスの原料については専門外だから、ちょっといい加減に書くけれども。
ガラスの溶解温度は原料の成分によって決まるが、純粋なガラスは非常に高温でないと溶けない。純粋なガラスとはケイ砂、つまり砂の事だけど、それは2000度以上の温度で溶ける。そして溶けている温度から少しでも下がるとカッチカチに固まってしまうらしい。見た事はないが。
つまり、柔らかい状態を保つ温度帯がほとんどない。

この原料に様々なものを加える事により、溶ける温度を低くすることが出来る。そしてトロトロから冷えて固まるまでの温度の幅を大きくする性質のガラスを作り出すことで、扱いやすいガラスが出来る。結果、吹きガラスの技術の幅が広がるという面もある。

原料を研究する人達の努力で、比較的扱いやすいガラスを使わせていただいている。温度も1200度ほどで十分溶ける。
それでも、随分と高い温度だと思うし、高温で溶かすという事は色々な意味において大変ハードなことだと自覚している。

たやすく溶ける温度であれば、楽だと思う。気軽に溶けて、簡単にいじる事ができれば、と吹きガラスをしている人は、みんな思っている。
でも、容易でない事が魅力とも言える面もあり、その辺がまたややこしい。

ややこしいけど、とりあえずこの材料を溶かしている。
すこし、腐れ縁みたいだな、と思ったりもする。
本当にやっかいで、誰かにぼやきたいと思うけれども、あまり一般的に知られていないのが、またしゃくに障る。
でも、みんな知っているのもちょっと嫌で秘密にしていたいような気もするし・・・

考えも固まりきれず溶けているようだ。

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by glassroom | 2006-07-24 19:13 | ガラスのお話
2006年 03月 07日

刹那

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前回の記事でコメントをくださったちゃこさんに返事を書かせていただきながら改めて感じた事を。

ガラスが一番綺麗な瞬間とは何か。
人によって様々な意見があるけれども、僕はやっぱり「溶けているとき」だと思う。

900度を超える頃からそろそろガラスは溶け、そして熱を溜め込み光を放ち始める。作業が出来るようになる1200度前後になると、ややまぶしく感じてくるほどの明るさだ。
その光は、だが窯から出ると長くは続かない。

清らかな水が、深度を増すと光を透過させながらも紺碧の度合いを増すように、ガラスは厚みを増せば増すほど、巻き取られた瞬間に深い底からまるで夕日を思わせるような深い朱色の光を痛みを感じさせるような熱線とともに目と肌に投げかけてくる。

だが、吹き竿に巻き取られ、ふわふわと揺れながら、重力に従いとろりと落下しようとするその姿は一瞬で、まるで夕日が一瞬のうちに地上の稜線に消えていくように朱色の輝きは透明なガラスの中へと吸い込まれてしまう。

そんな一瞬の変化を目の当たりに出来るのは、残念ながらそのガラスを触ることが出来る人だけなのだ。
まだ何の形でもない、ただの液体でしかないガラスが実は最も美しいのかもしれない。

だが、それが皆さんの目に触れられない片隅でおこなわれている事はちょっと残念であり、またちょっとよいかもしれない。それだけで綺麗だと思われると作る方はやっかいだから。


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by glassroom | 2006-03-07 23:15 | ガラスのお話
2006年 03月 02日

フュージング

最近まじめにガラスの事を書いているので今日もがんばってガラスの話題にしなくちゃあ。

サンドブラスト、吹きガラスとくればフュージングやね。
吹きガラスはドロドロに溶かしてそれを吹いて形にする。
サンドブラストは出来上がった形に絵を彫る。
フュージングは電気炉で「ほどほど」に溶かしてくっつけたり、型に合わせて溶かして造形する。

そんなわけで僕の工房にもちいさな電気炉があるから、ちょっとフュージングでもしてみるか・・・

素材はレースを作るときに出た不揃いのやつ。
小さな電気炉にセット。

溶けるまで40分ほど。
その間に棚の整理をしておこう。

色ガラスが棚からはみ出ている。棚板を追加しよう。
この場合、当然棚板を作ることから始まる。電動工具・・ブレードセット!
ギュワーン、ギュワーン。
切ってから、ネジを締める。
ぐりりりり・・・

で、棚にあふれるガラスを色別に片付けて・・・・
うーん、これはどうしよう・・・あ、これは?

経過1時間。

うわ〜、フュージング真っ最中だったあ。

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ドロドロ・・・・

あー、完全に溶けちゃったよ、ダメだよ。下の板にくっついちゃった・・・
このままそーっと冷やすと完全にガラスと板が一体化してしまう。これで以前も板を一枚だめにした。なんとかせねば。あせあせ。

あ、このまま水に入れちゃえ。
急激に冷えたらガラスは砕ける。
なので早速水に投入。板はダメになるかもしれないが、このまま放っておいてもダメになる。やってみる。
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おお〜、水が沸騰し始めた。
鍋料理できそうやん。などとくだらない事を思いつつガラスを冷やす。

ぽろぽろになったガラスは板からなんとか外れた。
そして出来たのは・・

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えーっとフュージングは・・・あ、誰も聞いてない、およびでない。話す資格なしですか。
すいません、本日は引っ込みます。
ぢゃ、また今度。


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by glassroom | 2006-03-02 19:40 | ガラスのお話
2006年 02月 07日

フー

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最近気がつくとあんまりガラスの事、書いてないなあ・・・・

ブログだけ見るとまるでガラスなんて無関係なことばっかりアップしていて、最近見た人は「タイトルと内容バラバラ。」とか思われてるんじゃないだろか。
いや、色々あるんですよ、これが。

毎日色々ある。
でも、頭の中はずーっとガラスで一杯。
これは本当の事。
勿論、普通に生活しているし、家族の事も考えているし、日常の事はとても大切だけど常に頭の中に消える事のない「作る、作れ、作らねば」という感覚。
消えても困るけど、常にあるのもしんどいこの感覚。


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by glassroom | 2006-02-07 23:43 | ガラスのお話
2006年 01月 20日

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作業をしていると出るもの。
それはガラス屑。

この屑が結構可愛かったりする。
小さな屑はあくまで作業途中のいらないものだけど、端っこに溜まった色や形は妙に愛らしいものがあったりして、ちょっと捨てがたい屑も出たりする。

そんな小さな屑の一つ。大きさは1cmくらい。
ころんとした球体に意図せず入り込んでいる色。
ビー玉を思い出す。

そういえば、ビー玉って大好きだった。
中に閉じ込められたリボンのような色を眺めるのが好きだった。お気に入りのビー玉は割れたり欠けたりしないように大切に持っていた。
そう思うと僕のガラスフェチの歴史は長いなあ・・・


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by glassroom | 2006-01-20 23:02 | ガラスのお話
2006年 01月 10日

では、僕は

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ゲイジュツとはなんぞや?
そんなどえらい事はどうでもよろしい。

芸術とは?

カニA:「クラムボンは笑ったよ。」
カニB:「クラムボンは泣いていたよ。」

ということで、どちらとも正しいと言える正解のない主観を定義付けることに、あまり意味はない。

昨日、職人とクライアントの事を書いたけど、前々回書いた家のつく職業はやや芸術寄りのスタンスで仕事をしている。(家のつく仕事を総称して作家ということにしておこう。)

この場合、作家の内容が芸術的であるかどうか、各々のケースを検証してもしかたない。ただ、作家の仕事を思うとき、必ずしもクライアントが存在しないということが特徴だと思う。
クライアントがいようといるまいと、作り続ける。
作る欲求は、探究心だったりただただ衝動だったり色々だけど、とりあえず作る。

そして大切な事はそれが仕事として成立することだと思う。
クライアントがいない、でも作る。そして作ったものが何らかの価値を持ち作家が評価をされる。そして作家の哲学なり方法論が評価され、受け入れられる。
この循環がやはり必要だろう。

これは個人の力量という話になってくるが、でも分野としての認知度、ということもある。
前々回書いてみた職業、建築家、画家、など色々な家のつく職業は時としてクライアントがいないという前提でものを作るという職業形態が存在していて、それが社会的に認知されている。

という定義でいくとガラスって・・・作家より職人分野が主流だ。
ちょっと書いておくのは、だからといって、画家が容易になれる、ガラスでの作家が難しい、ということではない。どちらもハードルは高い。

そして、職人も、作家もとてつもなく難しい職業だ。


僕は職人としての訓練を受けた事はない。
だから職人にはなれないだろう。
だから細工、といわれるのは心地が悪い。
でも、作家として認知されるほどの哲学や作品を確立してもいない。
だから作家でもないのだ。

だから今の僕は・・・やっぱりガラスを吹いてものを作っている。というくらいが分相応という感じだ。

本当はまだまだ続く・・・のだけどちょっとこのへんでこの話は一旦終わり。

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by glassroom | 2006-01-10 22:40 | ガラスのお話
2006年 01月 09日

職人

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さて、では細工ということばが賞賛となるのは誰だろう。
やはり「職人」かな、と思う。

職人とは、「手先の技術によってものを制作することを職業とする人。」をいう。ちなみに職業とは「日常従事する業務、生計を立てるための仕事」を指すから、職人とは「手先の技術でものを作ることを毎日して、それでごはんを食べている人」となる。

職人の仕事には必ずクライアント(発注者)が存在する。
クライアントが何かを発注する時には、必ずその人が欲しているものを制作者に伝える。欲しいもの、形、色、材質、など。
そしてそれを制作するのが職人となるわけで、当然クライアントの要求を完璧に満たすことがよい職人となる。

完璧に要求を満たすための技術を持つことは職人としての職能の高さを示すところだ。
だから「細工」の能力が高いことは、もの作りをしている職人にとって誇るべき能力ということになる。
一般的にこの場合、職人は相手の要求を満たす技術でものを作り「匿名」に徹する。

クライアントの要求というのは「自分が欲しいもの」であって職人が望んでいるものではない。
ここのところ、非常に微妙だが作り手が、ではまったく自分のことを殺して相手の要求のみに答えていたらいいのか、というとそういうわけではない。
クライアントより職人は専門家としてすぐれているわけで、発注者に対して制作を通して「諭す」ということも必要な場合も出てくる。
「発注する意図はわかるけれども、こうした方がよい」というアドバイスである。

これは「職人気質」ということになるが。とにかく職人は頑固でねえ・・とクライアントがため息を出す場合のようなケースだ。

ちょっと話がそれてきたが、職人とはやはり仕事の発注あっての仕事となり、職業としての存在になる。
この図式の逸脱をどこまでするか、がアートだクラフトだ、職人だ芸術家だ、というところではないかな、というのが今の僕の考えだ。

長くてすいません、まだ続きます、あしからず。


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by glassroom | 2006-01-09 21:26 | ガラスのお話
2006年 01月 07日

家(カ)

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陶芸の人に「粘土細工」とは呼ばないと昨日書いたけれど、では彼らはどのような呼び名か。
言わずと知れた「陶芸家」である。

家がつく仕事は沢山ある。
建築家
書家
染織家
写真家
華道家
そして政治家

この「家」という文字の意味は、「その道の人、もしくはその道にすぐれた人」という意味がある。
その道にすぐれる、とはどういうことか。
「細工」によって細かなものを作る事に優れているということではなく、その道を深く追求することによってその道の哲学、ひいては自分の哲学を深め、それによって人々から尊敬される人だろう。「家」になるまでに細工の段階も精通するべきだろうが・・・

そしてガラスには家がつけられない。
「ガラス工芸家」という呼び名はあるけれど、それはガラスではなく「工芸」に「家」がついていて、扱う素材としてのガラスが工芸家についているだけだ。
上記のものは直接その分野に家がついている。書に家、写真に家、そして政治に家。
それはまさしく「書」にはその道があり、染色も、政治も(?)またしかり。

ガラス家・・・

聞いた事がない。ガラス科なら学校にあるが。
さしずめ僕の分野だと、

吹きガラス家・・・

ますますヘンだ。
では世の認識としての「細工」分野はどのようなカテゴリーに属するのか・・・

そしてまたまたこの話は続く。

(この話はただ単に僕の仕事と、日本語は面白いなあ・・から始めた言葉遊びですので、特にガラス分野に不満とか誰かに何か言われたということではありません)


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by glassroom | 2006-01-07 22:53 | ガラスのお話