カテゴリ:吹きガラスの事( 75 )


2006年 02月 22日

色について 続編

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サンドブラストのいわゆる「生地」と呼ばれるもの。
自分の考えている絵に合わせて色を配色して作ってみた。
完全に自分の計算通りではなく、やや予定外の部分もあるが。

これから絵を描いて、下絵を生地に合わせ完成させる。そしてマスキングを生地に張って下絵を写し取り、マスキングを切り抜き、サンドブラストを段階的に施し、最終研磨をして仕上げ・・・と実は非常に長い道のりを経て作品にする。

で、今日はサンドブラストの前、この生地を作ることについて。

サンドブラストは絵だから、絵の具のように自由に多数の色を使って絵を作りたいのだが、ガラスの場合、絵の具のようにぺたぺた塗って作るわけではない。
色のガラスを溶かして、この写真の場合は部分部分を色にして、それを吹いて膨らましていく。吹いて玉にしたものを広げてこのようにするわけだ。

色を多層にする方法もあって、前回の色についてでのせた写真は多層に吹いて作ってある。
それに対し今回はゾーンに分けて色を入れてあるのだが、吹く場合にややこしいのは色は「硬さ」がそれぞれある、ということ。

正確に言うと融点が色によって違う。
融点の低い色は他にくらべ早く溶けだす、なので柔らかくなるのが速い。
逆に融点の高い色は長い時間をかけないと溶けないので柔らかくなるのが遅い。したがって硬い。

一つのピースに色々な色がのっていると、同時に熱を加えるので溶け出す順番があるのだ。
緑は柔らかい。
青もけっこう柔らかい。
茶色はかなり柔らかい、でも普通のやつもある。
赤は硬い。

作っている時は竿につけたガラスをぐるぐる回転させているから、遠心力でドンドン形が崩れる。吹いて膨らますと柔らかい色が先に膨らんで薄くなろうとする。
触っていると不自然になるのであまり触らない。でも触らないと直らない。

溶かさないと形を作れない、でも溶かすと形が崩れて行く。
吹きガラスは常にこの矛盾を抱えながら進める作業だ。

色を使っての吹きガラスはその矛盾を一番顕著に感じる。
でも、色はやっぱりきれいだと思うし、やっぱり使いたい。

相反する要素を持ちながらも使いたいと思わせる。
太っちゃうけど食べたい、みたいなやっかいな魅力が色にはあるのだ。


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by glassroom | 2006-02-22 23:48 | 吹きガラスの事
2006年 02月 21日

お味付け

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ガラスという素材はそのものが奇麗なので、それを素材に作る方としてはある意味、やっかいででもある。
やっかいとは素材が奇麗な分、何もしなくてもきれいだということである。ちょうど美味しい食材、例えば採れたての魚は下手にソースなどかけないで刺身で十分というのに似ている。

日本人はうるさい。某インスタントコーヒーのコマーシャルにそんなコピーがあったが、日本人はうるさい、というより多様なようだ。和食、中華、イタリアン、フレンチ・・・でも、多様なようで、それでいて保守的でもある。生のままの良さみたいなものを重視する。そこに価値を見いだす、高尚な言い方をすれば哲学みたいなものを持っている。
他の分野でも同じようなことがいえるのかな。

吹きガラスの技術はもっぱらヨーロッパで発展した。だから色々なテクニックがあるものの、そこから出来上がる形にはヨーロッパ的な思想というと大げさだけど、そういった匂いみたいなものがある。
そこで日本人の味覚にあう料理をしようと日本のガラス吹き達は色々工夫する。
でも、ヨーロッパの味覚も悪いものでもない。で、欧州風日本みたいな発展もしたり。

なので多様で保守的な舌の持ち主に対して、多様で保守的な技術を磨く必要があるのかもしれない。時に素材を生かし、時にソースをかけて。
う〜む。

まああんまり考え込んで手が動かないと今度は何もできないんですけど。


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by glassroom | 2006-02-21 23:20 | 吹きガラスの事
2006年 02月 16日

丁稚のすすめ

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ある学校から求人票が来た。僕を雇ってくれるのかなと思ったら(なんで雇ってくれるねん!)学生を雇ってくださいというのだ。


工房を初めてすぐ、窯を作る過程で僕はえらい災難にあった。災難、という言葉が適当かどうか分からない。それには僕とそれに関わりをもった人々の事を書かねばならないから詳しくは書かない。
とにかく失敗だった。
その出来事は、僕が100%悪かったわけではないのだが、今思えば僕の無知と軽率な行動が招いた結果の出来事だった。

書きたいことは、その失敗話ではなく、こんな失敗は「丁稚」をしていれば防げただろうな、ということだ。丁稚とはまた古い言葉だが、あえてこの言葉を使うのには、研修とか修行よりこの言葉の方が僕の思いに近いような気がするからだ。
丁稚奉公は主に昔、貧しい農家の子供などが大きな商家などへ口減らしに住み込みで働きに出された制度だが、これは実践の仕事を覚えるのにとてもいい制度だっただろう、と勝手に想像している。


僕は色々な学校に行った。学校で学んだ事は「作る者としての性根」、いわばコンセプトを明快にすることだ。組織に属して世間が要求する何かを作るのではなく、世間から見ればどうでもいい独り言のようなものを一人で作り続けるためのもの。
一人で小舟を漕ぎだすための羅針盤のようなものを学校で見つけ出したような気がするのだ。
でも、「日々の過ごし方の技術」のようなものは学校では皆無だった。そしてそれは丁稚で培うことができるのでは、と思うのだ。

ガラス工房なんて分野はちゃんとした会社に就職とか、きちんとした月給なんてものはほどんどない。どこかの工房へ就職、という感じではなくて、足で行って、見て、合って、なんとなく居座るようになだれ込む。そんな勤め方が多い。求人票を出して、見ての世界ではない。

そんな風になだれ込むように、その工房で丁稚になる。
丁稚をすることで、泥臭い、肌で感じる日々の技術やカンを伝えてもらう事ができれば、僕のトラブルはひょっとしたら回避できたかもしれない。と、まあそんな風に思うのだ。


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by glassroom | 2006-02-16 00:40 | 吹きガラスの事
2006年 02月 08日

もう一つ出来つつあるもの

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自分が作る話ばかりブログにアップしているけれども、僕の仕事では教えることも重要な事で。

教えるという仕事では、僕はものは作らない。
この仕事では「作りたい人が、作れるようになる状態」を作る事が僕の作品となる。
簡単に言うと、人を育て作るのね。

吹きガラスは難しい。単純なコップ一つ作るのに本当に苦労する。
何か、と呼べるものを作るため、膨大な時間をかけて練習をする。
タンブラー、ロックグラス、ボウル、お皿・・・
そのデザインがどうの、作風がどうのではなく、これは「何である」と呼べる状態を作り出す事に悪戦苦闘する。
だから、時間がかかる。

最近、生徒さんたちの作るものがそれぞれの目指すものによって分かれてきた。
何何を作る、の次に来るもの。
作風、といってもいいけど、「私はこういう感じ」という主張が出てきたように思う。その兆しを感じる事が出来るようになった事は、本当に嬉しい。
ガラスではなく、でも僕の工房で出来てきつつあるもの。


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by glassroom | 2006-02-08 23:57 | 吹きガラスの事
2006年 01月 04日

初火

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わずかな休み、食っちゃ寝を繰り返し確実におなかがやわらかに、そしてタプタプした感じ。
おもちみたい・・・

おなかの醜さに危機感を抱きつつも、堕落に対して寛容なのは中年になりつつある証拠か。でも、仕事が始まったらすぐに引き締まる・・ハズ。
と、仕事に期待して窯に火をつける。

火を入れる前にすること。
窯にお神酒をお供えして、手を合わせる。
心の中で願う。
「次に火を消す時まで、何事もなく僕に溶けたガラスを与えてください。」と・・・・

今年はまだ初詣に行ってない。だが、考えてみれば僕のご神体というのは、窯なのだろうか。
そういえば、窯を持つまでは色々とあった願いごとも、窯を作ってからはシンプルなお願いしかない。
「窯にトラブルがないように」
「いいものが作れるように」
お賽銭もたんまりつぎ込んでるんだから、しっかり願いを叶えていただこう。

えらい大変なもの、持っちゃったなあ・・・点火の瞬間はいつもそう思う。


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by glassroom | 2006-01-04 01:07 | 吹きガラスの事
2005年 12月 20日

恒例行事

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久しぶりの更新です・・・・

なんという時間の早さ。
12月だけ別の速さで時間が流れているのかな。一週間が一日のようでもあり、10日のようでもあり・・・感覚がちょっとおかしい。

今年もまた工房で恒例の吹きデモンストレーション&忘年会をした。
僕なりの生徒さんへの感謝のつもり。そして普段の教室では、お手本となる動きをあまりお見せする時間がとれないので、せめてこの日にちょっとでも参考にしていただければとの思いを込めて、解説をしながら制作をしている。
だが、今年は間が悪くこの冬一番の寒さが到来して朝から珍しく雪景色・・・
おかげで朝はさすがに人も少なく、来られなかった方もいて、残念な限り。

このデモンストレーション、始めた頃はなんだか緊張して、ただひたすら黙々と制作し、それを生徒さんに見てもらうようなことをしていたが、最近では話しながら吹くようにしている。
というのも、ポイントとなる細かい手の動きなどは、全員に見てもらうには難しい。それを補足すべく、話すのだけど吹きながら喋るのは結構大変。
冬とはいえ、制作していると暑いし、設備の出す音に負けないように大きな声で話しながら吹いていると、口の中がからからになってくる。
朝から夕方まで話し続けて、終わる頃には体はともかく、口の中が・・・

終わる頃には極寒の外の空気がすがすがしく気持ちいいくらいになった。
これが終わると今年もそろそろ終わる気持ちになってくる。


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by glassroom | 2005-12-20 23:58 | 吹きガラスの事
2005年 12月 15日

ハンサム

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顔の話で恐縮だけど、ハンサムがいる。美女もいる。
テレビをつけるとそんなのが一杯いる。
残念ながらその反対の人もいる。

さて、ではハンサムとその反対の人では造形的にどのくらい違いがあるかというと・・
僕は専門家ではないので、いい加減に書くけれども、そんなに大差はないと思う。
1cm以上差のあるパーツってほとんど無いのではないかな。
鼻の高さ、まゆげの位置、目の大きさ・・・顔における各パーツの位置とパーツ自体の寸法、これを比べたらどのくらいの違いだろう。
だが、そのわずか数ミリの差が異性にもてたりもてなかったり、美形と区別される。

そしてやはりガラスの話になるのだけど、こちらも美形とそうでないものの差というのがある。
同じグラスを作っても、美形とそうでないものがある。
両者の差は、顔どころではない。
微々たるもの。ミリ単位でえらい違う。
これは出来上がったものを見ると一目瞭然にもかかわらず、寸法を見るとほとんど同じだったりする。わずかに口の開きが反った、ほんの少し比率が違う・・・など、かなり細部まで詰めないと、納得出来るものにならない。
自分で作っているからそうかな、とも思うけど多分ちょっと注意深く見ると、他の人も感じるかもしれない。

ハンサム君を量産したいけれど、世の中のハンサム君がいる比率と同じで、あんまりお目にかかれない。
だからハンサム君なのだろうけれど。

(写真はハンサム君という訳ではありません、あしからず。尚、世間で流行りのイケメンという言葉、僕はあまり好きではないので使いません。)


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by glassroom | 2005-12-15 19:51 | 吹きガラスの事
2005年 11月 07日

シアワセの基準

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あなたはシアワセですか、と質問されればどう答えるのだろう。
まあ好きなものを買えるお金があって、前から欲しかった車を買う事が出来て・・・だからシアワセだ。と考えるかもしれない。
あるいは、僕の年収は世間の平均に比べて500万多いからシアワセだ、もしくは好きな恋人といられるからシアワセだ、などその基準は色々だろう。

この質問に答えるために必要なのは、シアワセを計る定規は何にするのか、ということだ。
現代の価値基準は様々だから、計るための定規を何にするか迷ってしまう人も沢山いる。
計る定規を何にするか、すっかり迷ってしまってそのあげく分からなくなり、お金やモノなどの自分のソトにあるモノで計るという方法を取る人がいる。
これは簡単で、特に色々考える事無く明快に答えが出る。それも数値で。
現代の日本で多数派はこの基準でシアワセを計っているフシがある。

ああ、えらい大きな話にしてしまった。そんなおっきな話じゃなくて、ガラスの話を書こうとしていたのに。

吹きガラスを習得するにあたり、一番難しいのは温度を見極めるということだ。とにかく吹きガラスでは一に温度、二に温度、三、四が体力。で、五また温度。
形を整え、吹いて、再び加熱して・・・多種多様な作業を経て、この部分が冷え、この部分は熱い、となると見極めは難しい。
ではなぜ温度か、というと温度で硬さが変わってくるから。

固ければガラスは石だし、柔らかければアメだ。作業の性質が大きく変わる。
触る事も、温度計もあてることが出来ない作業中は見た目とカンと「さっきはこのくらいだったから、今はこう」という記憶だけ。

温度に対して絶対的な確信というのはない。多分こうだ、と思う。
絶対基準がないので、大切なことは「基準は自分の中に作る」ということだ。

さっきのかたさで加熱したら、このくらい、そしてこのくらいは僕にとっていい感じなのだ。と自分で思い込む。間違った思い込みは不幸な結末を招くので、現実とのギャップがあれば徐々に感覚も修正していく。
この点でシアワセと似ていると言えなくもない。

自分の基準を捨ててしまうとどういう事になるのか。
ガラスの場合はたいてい割れてしまいます・・・


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by glassroom | 2005-11-07 22:22 | 吹きガラスの事
2005年 11月 04日

これはいったい・・・

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僕がかつて会社にいた頃、生産計画について関わったことがある。
建材の生産から、現場までの到達、施行からお客様へ引き渡し。きちっと管理することで全体の生産量や受注可能の量を割り出す。
珍しい事でもなんでもない、どんな仕事でも納品できる日程と費用は見積もってから仕事をする。ここに書くまでもないと思う。

ところが、今の仕事をしていると困るのが、その当たり前の「納品」だ。
勿論、自分が制作可能な量は決まっているし、自分の能力は分かっているけど、それでも読めないことがある。それは「波」あるいは「調子」というと分かりやすいだろうか。

だれでも調子に乗らない、乗れないことはある、また反対に調子がいい、今日は出来がいい、というのはあると思う。吹きガラスにはそれがもう本当に如実に現れる。
先日、アイデアが浮かばないだの、心理的になかなか上手くできないだのと書いたけど、これはこういった精神的なものとは全然違う。

精神的にはごく普通、もしくはやる気まんまんという時だって、ダメな時は本当にダメ。絶対にそういう時は上手くできない。まったく出来ない。
これは本当にいつも不思議に思う。なんで出来ないんだろう。

きっとこの感覚は吹きガラスをしている人なら、わかると思うけどちょっと普通の事とは一線を画すのだ。違うものが出来てしまうのだ。
あれ〜、と声が出る。
なんで?と心に響く。
やる気もあるんだけど。

で、そういう日は僕はやめちゃう。考え事したりとか溜まった雑用とかして過ごす事にする。
無理して作っても納得できるものは出来ないし、ごまかして作るのも嫌だから。
かくして、納品の日はいよいよ読めなくなってくるのだ。

オーダーを受けるとき、「この人はのんびりした人だろうか」といつも内心びくびくして話を受ける。


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by glassroom | 2005-11-04 22:28 | 吹きガラスの事
2005年 11月 02日

ながっ

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吹きガラスを始めた人が、大抵してみたいと思うのはワイングラスだ。それも足が長く、軽くて、薄くて、華奢なもの。これは前、ウスウス病で薄さへのあこがれを書いたのと同じくらいあこがれるものだ。
誰もが思う。
・・・いつかはワイングラス・・・
密かに思い続け、密かに練習をする。

しかし願いはむなしく、たいてい出来上がるのはぶ厚くて、足が短くて、重く、そして歪んでいるものだ。
まっすぐで長い足、そして軽いワイングラスが出来るようになったのは、僕の場合吹きガラスを始めてずいぶんと時間が経ってからの話だ。

でも、皮肉なもので出来るようになったけどワイングラスってどちらかというと「練習するためのもの」で、あまり売った事がない。僕の器リストにあまり入らないものだ。数を作ろうと思うと、どうしてもアシスタントが必要だし結構一人で作っていることが多いからかな・・・まあそんな事はさておき。

でも時々、野球選手がバットの素振りをするみたいにワイングラスの形を作ってみたりする。
で、写真のモノは実用もなにもなく、ぼーっとなにげに一人でアホなのを吹いてしまった。
ナガナガにしたのは昔のコンプレックスかしら。えーい、って長くしてみたところで意味ないじゃん。

工房ではこういうアホなもの、実は結構沢山作っていて、人知れず再び溶かされているのだ。


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by glassroom | 2005-11-02 22:15 | 吹きガラスの事