あるガラス吹きの徒然日記。

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2006年 01月 10日

では、僕は

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ゲイジュツとはなんぞや?
そんなどえらい事はどうでもよろしい。

芸術とは?

カニA:「クラムボンは笑ったよ。」
カニB:「クラムボンは泣いていたよ。」

ということで、どちらとも正しいと言える正解のない主観を定義付けることに、あまり意味はない。

昨日、職人とクライアントの事を書いたけど、前々回書いた家のつく職業はやや芸術寄りのスタンスで仕事をしている。(家のつく仕事を総称して作家ということにしておこう。)

この場合、作家の内容が芸術的であるかどうか、各々のケースを検証してもしかたない。ただ、作家の仕事を思うとき、必ずしもクライアントが存在しないということが特徴だと思う。
クライアントがいようといるまいと、作り続ける。
作る欲求は、探究心だったりただただ衝動だったり色々だけど、とりあえず作る。

そして大切な事はそれが仕事として成立することだと思う。
クライアントがいない、でも作る。そして作ったものが何らかの価値を持ち作家が評価をされる。そして作家の哲学なり方法論が評価され、受け入れられる。
この循環がやはり必要だろう。

これは個人の力量という話になってくるが、でも分野としての認知度、ということもある。
前々回書いてみた職業、建築家、画家、など色々な家のつく職業は時としてクライアントがいないという前提でものを作るという職業形態が存在していて、それが社会的に認知されている。

という定義でいくとガラスって・・・作家より職人分野が主流だ。
ちょっと書いておくのは、だからといって、画家が容易になれる、ガラスでの作家が難しい、ということではない。どちらもハードルは高い。

そして、職人も、作家もとてつもなく難しい職業だ。


僕は職人としての訓練を受けた事はない。
だから職人にはなれないだろう。
だから細工、といわれるのは心地が悪い。
でも、作家として認知されるほどの哲学や作品を確立してもいない。
だから作家でもないのだ。

だから今の僕は・・・やっぱりガラスを吹いてものを作っている。というくらいが分相応という感じだ。

本当はまだまだ続く・・・のだけどちょっとこのへんでこの話は一旦終わり。

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by glassroom | 2006-01-10 22:40 | ガラスのお話


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