2011年 01月 31日

違和感

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あちこちで、いつ頃からかこういう表現によく出くわす。
「勇気をもらいました。」
「感動をありがとう。」
さらにネガティブな表現に「心が折れた。」というのもよくある。
決まり文句で使われるようになったこの表現、違和感を感じる。
以下、僕の勝手な独り言である。

勇気は、何かしたいこと、しなければならないことがあるけれど、その行為をすると一緒に嫌なこと、不都合な事もある。だから二の足を踏む、それでもそれを乗り越え行動する力の源。
確かに、決心のつかない時にがんばっている人を見ると、躊躇している自分の背中を押されるような気持ちになるのはわかるけれど、勇気は「もらう」ことはできない。結局、勇気をふり絞りひねり出すのは自分の心しかないから。
感動も「ありがとう」は妙だと思う。「ありがとう」は与えられたものに対する感謝の言葉、感動は何かに触発されて自分の心にわき上がる感情。「与えられた」感動って、ちょっと邪魔。
勇気も感動も、僕は「湧き上がる」もの。
そして、それを「与えよう」と思った事もない。

そして「心が折れる」
激しい落胆が「折れる」という表現になるのもわからないではない。でも、「折れる」というのは硬いもの。そしてついでに言えば、「硬くて細いもの」
心はそんなに硬くて細いのかな?

心は、柔らかく「じわり」としたものだと思う。心が「ぎゅう」と押しつぶされそうになったり、「じわり」と湧き上がる感情が染み込んできたりするけれど、ポキンと折れるいうのはちと違う。そういうときは、「ぶちゅっ」とつぶれちゃう感じだろうか。

上記の言葉、すっかり決まり文句になってじゃんじゃん使われるので気になってしかたない。
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by glassroom | 2011-01-31 14:16 | 日々の出来事


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